学校給食への民間委託「試行」導入問題について
『民間委託の問題点と私たちの反論』
T.総論
(1)民間委託の目的とコスト論について
@ 次代を担う子どもたちの「学校教育環境」をどのように充実、整備していくか、どのように成長してもらうか、そのためにどういう教育を進めるか、これは学校教育を考える基本です。
学校給食が教育の一環として位置付けられて、食教育や子どもたちの食をめぐる環境の中で、学校給食の意義と位置付け、その果たす役割は時代と共に変化し、重要性はますます増しています。
A 今回の民間委託導入は、そうした学校給食の在り方に対して、なぜ民間委託が必要なのか、何の目的のためなのか、そのことで学校給食はどのように良くなるのか、考え方すら示されていません。
学校給食調理業務の事業経費削減、いわゆるコスト削減だけとしか思えません。
B基本的な問題について
◇ 本当にコストは安いのでしょうか。試算されて、将来的にも確定的にいえるのでしょうか。
また、そのコストの安さは何処からくるのか、その安さの背景に潜む問題は無いのか、多くの危惧があり、そうした不安に対しての検証がされなければなりません。
◇ コスト比較について、業者委託に切り替えなければならないほどの必然性や、大きな効果としてあるのかどうかです。
横浜の学校給食の水準(内容・質)を確保してきた、この間の取り組みと状況を踏まえた時、コスト比較で把握しきれない、給食調理の蓄積と成果があります。
◇ 事業の評価はどのようにしているのか、評価基準がありません。コストは重要で大事な基準であることは否定しませんが、評価基準の全てではありません。
特に教育という分野において、コストだけで換算しきれない要素、価値を評価基準として、どのように総合評価として判断していくかは大事なことです。
◇ 今回の委託導入は横浜市の学校給食を学校教育の一環の中で、その関わり方やどのように良くしていくのか、めざすべき将来像がありません。
学校給食は「社員食堂」「従業員食堂」「学生食堂」ではありません。学校教育の一環として位置付けられている、その重みに応える学校給食の姿を示す必要があります。
(2)「試行」という手法について
@ まず「試行」として取り組んで、その良し悪し、問題などを検証するとしています。
しかし、民間委託での想定される課題や問題について、検討が加えられていないことの方が問題です。
A 学校給食の対象は児童です。成長していく過程で、やり直してもう一度はありません。「試行」という「実験」に大事な学校教育、児童の学校生活を材料とする事は許されません。
(3)教育委員会当局の学校給食に対する責任
@ 学校教育、そして学校給食に責任を持つ教育委員会の姿が見えません。学校給食の在り様について、教育委員会は市長の打ち出した方針だからと、コスト削減至上主義に追従して良いのでしょうか。
A これまでも、コスト問題や委託論議などはありました。しかし教育委員会は、学校給食は直営事業として、学校給食を担う調理員をはじめとした関係者と話し合ってきました。もちろんそのための人件費と充実など、執行体制の効率化等についても努力が払われてきたところです。
B 子どもたちにとっての学校給食であれば、教育委員会、学校の先生、栄養士、調理員、保護者など、学校給食に係る人達の総合的な検討の中から生み出されるべきものであるはずです。
C 教育委員会での「小学校給食検討委員会」で、検討項目のひとつとして、効率的運営や、民間委託も検討されるものと、議会答弁が教育長から過去にありました。
また、委員構成の状況や問題指摘、保護者代表が1名しかいないこと、給食関係者の意見把握に関して、教育長は必要に応じ給食調理員等関係者の声も聞いていくと答弁していますが、行われていません。
そうした中で、検討委員会において、学校給食の民間委託がどのように検討され、何時、どう方向が示されたのか不明です。また、結論が導き出されたというなら、一連の審議内容を情報公開するべきです。このことは行政の説明責任です。
D 行政(教育委員会)内部での委員会で結論が出たとしたら、そのことの社会的評価、意見、判断を求めること(パブリックコメントの公募)などの対応が必要です。
何故ならば、学校給食は特定関係者の利益や個々間のサービス契約の関係でなく、「教育を受ける権利、義務」としての学校教育の中にあり、児童生徒や保護者が原則的に拒絶することが出来ないものとして、実施されているものだからです。
U.効率化について
効率化や民間委託問題に対して、給食調理員と教育委員会はどのように対応してきたか、労使交渉という視点も含めて問題提起すると同時に、現場の給食調理員(労働組合)の立場から民間委託方針への反論を提起するものです。
※別紙資料「学校給食調理員配置基準推移比較表」(以下,比較表)を参照
(1)横浜の学校給食調理員配置基準
@ 文部省(旧)基準に比べ、横浜の給食調理員配置基準は大きく下回っており、全国の自治体の配置基準は文部省基準をベースに増配置人員で学校給食の充実が取り組まれてきたことからすると、特異な状況といえます。
A 平成8年(1996年)のO−157集団食中毒発生を契機に、食材の調理方法、衛生管理などに大きな負担が求められ、文部省基準に満たない配置校にアルバイトが措置されることとなりました。
O−157対策として、横浜も必要措置としてバイトではあるが、文部省基準数を配置せざるを得なかったことの証明です。
B 平成10年に、基準改正を求める要求に対して、教育委員会は基準改正をしなければならない状況を踏まえ、7月22日に「学校給食調理員職員配置基準改正について」として、提案が出されました。
※教育委員会の提案主旨
「 給食調理業務を取り巻く環境は、平成8年のO−157による集団食中毒を契機とした業務内容の変更をはじめ、平成11年度からの調理場方式の変更など急速に変化しています。
これらのことは少なからず給食調理員の業務量に影響を与えており、局としても確立後約10年を経過した現基準と必ずしも合致しないランクのあることを認識しております。こららのことから次のとおり現行の職員配置基準を全面的に見直し、より充実した学校給食の充実を図りたいと考えます。」
内容は調理員の減員と嘱託職員、半日アルバイトの導入と、配置基準定数内カウントとするものでした。
基準改正は正規職員の増員でとする組合もありましたが、自治労の再任用制度を見据えた提言を入れて、再雇用嘱託の活用など、結果として39名の調理員削減を含めて、嘱託職員とバイトの導入で労使合意が整理されました。
C しかし、調理場のドライ方式への変更は調理場の衛生管理と作業方法から業務量が増え、また、環境ホルモン問題からの食器変更は磁気食器による取り扱い重量の増大があり、他都市では配置人員の増見直しなどがある中で、横浜の適正人員配置を求める要求は続きました。
(2)人員見直し
@ 再任用制度導入に伴う「職設定」で、総務局と教育委員会は、平成13年7月に「再任用導入と調理員配置基準見直し」の提案が出されました。
内容は「正規調理員178名の削減、再任用127名、500名を超えるバイトの導入配置」でした。
A 教育委員会当局は、委託論議がある中で、効率化の推進、給食の充実と再任用導入は3点セットであり、委託議論に対処していくためにも譲れないと、強硬に提案の実施を求めてきました。
B 12月20日、内部努力による効率化を図ることとし、940名の調理員を137名削減し、平成14年度、15年度、16年度で実施していくこととなりました。
そして平成16年度は現存校ベースで803名による人員でスタートすることで労使交渉を整理、合意しました。
(3)効率化の推進とコスト的課題
@ 既に述べた、人員見直し・削減、バイト等の導入による補完、その中での給食の充実を見たとき、横浜の内部努力による効率化の進展がいかに大きなものであるか、数字が明白に示していると私たちは考えています。
A 単に調理員全体の数でなく、352校と盲、聾、養護等の給食実施校数と、児童数の多い学校の中で、調理員が各校単位にみれば他都市に比べ、いかに努力、汗を流して給食を実施しているかが読み取れるはずです。
B この効率化推進のなかで、O−157対策はもとより、ドライ方式への移行、磁気食器導入、独自献立の実施と献立の拡充(3品献立)、トレーの導入などなど、が取り組まれて来ています。
調理員の削減、効率化を進める中で、一方では大変な成果を引き出しています。
C 職員配置人員に関して指摘します。別紙「比較表」では、平成14年度学校配置基準をもとに、人員削減と効率化を示しています。
比較すべき基準ベースは文部省基準としています。これはO−157集団食中毒発生問題以降の必要確保人員としてきている配置人員であるからです。
◇その配置基準を正規調理員で対応した場合、現時点の学校給食数状況で試算すると1223名の調理員が必要とされる。
◇平成12年度基準では、同じく試算すると、280名少ない77.1%の人員で行っていることになる。
◇平成13年度に労使合意した「新基準」では、平成16年度までには、さらに139名削減し、文部省基準比では419名少ない人員(65.7%)で、平成16年度から行っていくことになる。
(新設校により学校数が増えたことによる、803名プラス人員)
V.労使合意問題について
@ 人員見直しのところで指摘したように、民間委託に対処できる効率化を必要とし、そのためにと総務局、教育委員会は「提案」をしてきたところです。そして労使交渉を進めてきました。
当局が「提案」し、「労使合意」したことは責任があるもので、その合意内容は尊重、守られなければならないものであるはずです。
A 社会通念としての約束、信義、義務ということだけでなく、労使対等での交渉で妥結、成立した合意内容は、労働法関係の主旨からしても拘束力があるものです。担当者が変わった、方針が変わったからといって、合意内容を無視、破棄できるものではありません。
W.学校給食業務の民間委託における問題について
(1)業務委託の法的問題について
@ 学校給食調理業務を民間委託にする場合、どのような契約形態で行うのか。それぞれに法的制約と問題が生じてきます。
◇一部を委託する ⇒派遣契約の場合
労働者派遣法の第40条の2第1項(派遣業務) 業種の特定
第40条の3 (派遣労働者の雇用) 雇用責任の発生
◇全てを委託する ⇒請負契約の場合
職業安定法第44条(労働者供給事業の禁止)との関連
・学校給食の運営について、請負側(業者)が委託側(自治体)から独立し、請け負った業務を自らの業務として行わなければならない。
・労働者供給事業を行う者から供給される労働者を、自らの指揮命令の下に労働させてはならない。
A また、設備、機械・器具、材料なども本来、請負業者が責任を持ち、負担すべき、が委託請負の形態ですが、この条件がどのようになっているかも問題です。
B 他の自治体でも学校給食の民間委託は行われていると抗弁するかと思いますが、そこには多くの問題があり、解決されていません。脱法行為は問題です。
(2)給食調理への管理および指導、監督
@ 一番の問題はこうした法的規制のもとで委託することは、学校給食でありながら、学校の関与できない給食調理室、学校関係者が入っていけない場所、手の届かないところにいってしまう、給食調理が学校から分断され、給食調理現場(調理場というだけでなく)に入っていけないものとなってしまうことです。
A 学校長が、給食の従事者や調理作業に、日々関与できない問題も生じます。
(3)栄養士(栄養職員)
@ 栄養士の業務は、1986年に文部省体育局長通達「学校栄養職員の職務内容」で以下の主旨を示しています。
◇栄養管理 ◇衛生管理
栄養士の指導、助言などの給食業務に関する関与は、委託請負業者に対しては「指示書」の形でしかなく、栄養士が果たす役割が出来ず、目の前で行われている調理作業に対処できません。
また、給食そのものに対しても、「中間検査」「出来上がり検査」での係り方しか出来なくなってしまいます。
A さらに請負契約した委託業者の請負業務遂行責任からすれば、食材購入、献立まで含められ、学校給食が教育の一環として、栄養、食教育として子どものために作る給食献立が、企業に委ねられてしまう問題もあります。
B 教育としての学校給食を担う、献立や調理方法に関わる栄養士が行政の人間でなく、企業・業者が行うことになります。栄養士の存在がなくなってしまいます。
C こうした学校給食の理念、意義、形態の根幹について変更をもたらす民間委託は、安易なコスト論の視点から導入されてはいけません。
D また栄養士の「指示」が委託先調理従事者に及ぶ範囲で十分可能とすると、全校に栄養士が配置されていない現実のなかで、すべての学校に栄養士の配置が必要です。
現在は学校職員としての給食調理員だからこそ栄養士のいない中でカバーできるのであって、委託となれば調理員でない分野での人員増が必要となります。
(4)学校運営と教職員との連携および共同に関して
@学校教育の担い手、支え手が一体である必要があります。
◇ 児童、保護者への紹介、接触、授業担当の人(先生)だけが学校職員でなく、子どもが学び、成長する場としての学校を支える人が一体としてあること。
◇ 学校長、先生、栄養士、調理員、そして保護者が話し合える、親が子どものことで、学校・先生にいつでも話し合えるように、子どもの食についても意見が言え、要求や要望を出し、お互いに検討できること。
◇ 学校全体がひとつの連携されている責任あるまとまった組織であること。
◇ 「作る人が民間に変わるだけ」。この意見は、学校給食を単に食事の提供としてしか見ていないことの現れです。
A学校行事、学校の特色ある取り組みと参加
◇ 学校行事に学校職員の一員として参加し、関わることが出来なくなります。子どもたちに勉強を教える先生と同時に、給食を作ってくれる人も、自分たちの成長を見守ってくれる学校の人々なのです。
◇ 校長先生や教職員と共に、特色ある学校作りに給食の取り組みや内容について話合いと意見交換の中から取り組んでいくことが出来ます。
X.学校給食の充実について
(1)学校給食の充実に向けた調理員の役割と取り組み
@ 調理員は技術と経験を活かし、必要に応じて栄養士と相談しながら統一献立について工夫やアレンジを加えることで喜ばれる給食づくりに対応できます。
A 校長や栄養士と相談し、独自献立や地場産品の活用を行って、豊かな給食を作り、先生方が子どもたちに教える。いま進められていることです。
B こうした独自献立の拡充と学校予算配布の取り組みに対して、委託契約で調理業務をする民間委託では、取り組み方針と反することになります。
(2)食材の調達と献立作成
@ 民間委託によるコストの安さは人件費にあると考えられますが、委託業者にとっては請負事業の中からの利潤を図る時に、給食事業そのものを自らのものとして扱い、すべての部門からの収益を考えます。
A 当然、食材の調達から始めます。そのことは献立作成と食材の確保でみると、献立作成という栄養士の重要な仕事について、制約が生じるし、食材選びと献立作りが一体のものでなくなります。
B 結果として既に述べたように、献立も食材も業者に委ねられ、企業の論理に基づいた学校給食となってしまいます。
(3)食材の安全と安心への問題
@ 学校給食の果たしてきた役割は、日本の食生活、食文化に大変大きな影響を与えてきました。その中で、食の安全についても貢献してきています。
食品添加物、残留農薬、品質改善など計り知れません。
A 子どもたちの健やかな成長を願う親の思いが、安全で安心な食材の確保を追求してきたからです。行政当局も学校給食の食材には安全安心の立場で進めてきました。
虚偽表示問題など食をめぐる不信、不安の状況をみた時、民間委託の抱える問題として食材の安全に関わります。
(4)子どもたちの安全に対して
@ アトピーや食物アレルギーが増える中で、除去食やアレルギー食などの対応が求められています。現在は調理員が栄養士とも相談しながら対応しています。
そして給食調理員は組合として毎年、アレルギー食対策の充実を求めて当局に要求しています。こうしたことも直営職員だから可能なことであり、委託契約では施策の充実を求めることは困難です。
A また、遺伝子組み替え食品の問題についても、子どもに安全な給食を食べさせたいとの立場から、使用しないことを要求しています。
行政の一員として、学校教育の一員として、給食に責任を持ち、自治体職員だから要求や意見として発信できるのです。
Y.学校給食の可能性
(1)学校給食の影響
@ 子どもを通じて家庭の食生活への反映、親が食生活を見直す。学校給食の及ぼす影響は計り知れないものがあります。だからこそ、コストだけで学校教育分野に企業の論理が持ち込まれてはならないのです。
A 学校給食が食事の提供だけでない、教育の一環として存在している意義と役割を大切にするとき、学校給食は「社員食堂」にはなりえないし、なってはならないのです。
(2)学校給食の影響力を子どもの成長の食生活、食環境に、親と共に活かす力を行使すること
@ いま子どもたちの「食をめぐる環境」を見たとき、コンビニ、ファーストフード、レンジでチン、出来合いの惣菜、そして個食など、多くの問題が指摘されています。
核家族、共働きなど、社会の変化の中で生じてきていますが、それでいいとは誰しも考えていないはずです。
A 食について、栄養士や調理員と親たちが連携し、意見交換、情報交流して、子どもたちの食環境についてより良いものにしていくことが求められます。
(3)地域の中で果たすこと、できること
@ 学校が地域の中で果たす役割が多様化、拡大する中で、給食についても地域の中で様々なかかわりを築く時です。地場産品の使用での地域社会の営み、土地や自然の姿を、食材を通じて、教科としてでなく学んでいくことになります。
A 学校の中だけでない給食の可能性についても検討が出来ます。いま全国の中では、地域福祉の一環としての取り組みが始められています。
最後に
子どもにとって、「食事」は親(大人)が自分たちの元気な成長を願って作ってくれることであることを知り、愛情や慈しみ、人間関係を、食事を作る姿を目にしながら学び取っていくものです。そして作る人とのふれあいで実感していきます。
食を文化の問題として捉え、人間の生きていく基本とした時、「作る人」と「食べる人」が切り分けられることなく、「食物と自然環境、調理と食事」は人間として成長していく上でひとつのものであることを教えていくことは大切です。
そのためにも、育ち盛り、知識や判断の一番伸び盛りのとき出会う、教育の一環としての学校給食の大切さ、重要性があるのです。
事業運営のコストのみに判断基準を置いての民間委託は、学校給食には馴染まないし、持ち込んではなりません。